アンデレ便り8月号:この人たちを棄民化させてはならない

 東日本大震災発生以来、京阪神3教区が協働して組織を立ち上げた、聖テモテボランティアセンターのボランティアたちは、小名浜の仮設住宅に避難者が居住を始めたとき、真っ先に現地入りをし、毎日、避難者の安否確認と、生活に必要なものは何かを調査し、できる限り避難者の要望に応えてきました。その後、被災者が共に触れあう場として「ほっこりカフェ」を開店しました。
  7月1日(月)、センター第二期開所礼拝に出席するため、小名浜に行ってきましたが、この日の夕方、第一期活動終了を感謝するために集った約40名の夕食会に出席、避難者をとりまとめている自治会の役員4名とその子どもたちや福音派の牧師2名の顔も見ることができました。
  食事や飲み物が振る舞われ、一段落したところで一人の女性が立ち上がり、涙ながらに、「聖公会ボランティアの人たちは本当に親切で、すばらしい人たちです。放射能汚染地域から、着の身着のままでこの地に避難してきた私たちは、全く違った環境のなか、将来の展望も開かれない状況下に放り込まれ、寂しい思いを抱き、自殺が頭によぎっていたとき、ひょっこり私たちの住宅に訪ねてきてくださり、暖かい、励ましの言葉を掛けていただきました。どれだけ、この言葉が私たちの励ましとなったでしょうか。」と言葉を詰まらせておりました。
  放射能汚染地域から逃げてきた人たちは、受け入れ地域の人たちから次第に白い目でみられるようになりました。市民税は払わないし、ゴミ代も無料。東電からの賠償金を貰って、優雅な生活を送っている。多くの人たちは朝からパチンコに行っている、などの風評が立っているそうです。加えて、仮設住宅の子どもたちは、震災の影響で勉強が遅れています。イエスもそうであったように、避難者は故郷喪失者、根無し草としての生活が強いられておりますが、現在のところ、帰郷は絶望的な状況なのです。
  様々な思いを抱いて、京阪神教区の信徒・教役者は小名浜に駆けつけたことでしょう。そこには、不純な動機があったかもしれません。食事会で、あるボランティアが言っておりましたように、弱さや脆さを兼ね備えた、普通のキリスト者なのです。そのような普通の人間が、避難者から見れば、どうして、光輝く人間に見えるのでしょうか。恐らく、毎朝7時からの祈りや被災者と触れ合うことによって、奉仕の姿勢が次第に浄化され、無意識のうちに、キリストを困難な人たちの元に運ぶ存在へと変えられていったのではないでしょうか。
  第二期活動は、名乗りを上げた約20名の現地ボランティアの人たちの調整役として、大
 阪教区の木村司祭を中心に、活動を継続していくことになりました。この一年間、その活
動のため、また、避難者が一日も早く人生の活路を見いだすことができるよう、引き続きお祈りをお願いいたします。

セント・ジョンズ・カレッジ聖歌隊来神

 昨年の10月頃、ご子息ジュリアンが、ケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジ聖歌隊隊員でもある、グレゴリー与子美さんからメールが送られてきました。「来年開催のロンドンオリンピックのアピールのために、日本に聖歌隊を派遣することになりました。ついては、神戸教区の受入れは可能でしょうか。」という内容でした。英国では、やはりケンブリッジ大学キングス・カレッジ聖歌隊がとみに有名ですが、ファンのなかには、セント・ジョンズ・カレッジのほうが良いという評価も聞いております。
  神戸の人たちが、英国で有名な聖歌隊のすばらしい声を聴く機会が与えられれば、これほどすばらしいことはありません。受入費用削減を申し出て、2012年に120年の記念すべき節目を迎える松蔭女子学院と、聖公会関係幼稚園・保育園に働きかけて、招聘委員会が設置され、松蔭女子学院大学チャペルと聖ミカエル大聖堂でのコンサートが実現しました。
  英国の聖歌隊といっても、その道に精通している人たちには、そのすばらしさを即座に理解できようというものですが、一般の人たちにとっては、なじみの薄い存在です。大学と教会が、それぞれ100枚ずつ、チケット販売を分担することに決めましたが、チャペルを満席にするのは困難であろうとの、当初の予測は、蓋を開けますと、見事に覆されました。発売と共に、あっという間にチケットが捌けてしまい、その後、電話での問い合わせがひっきりなしにかかってくるほどでした。
  7月25日(水)夕方の、大学チャペルのコンサートに来られた人たちの多くは、想像したとおり、イギリスの大学聖歌隊の知識は余りなかったようです。背丈の高い大学生に続いて、小さな小学生がチャペルに入場してきたとき、おばさまからは、「ま~、かわいいー」という声が聞こえてきました。最初の曲はウイリアム・バートの「5声のためのミサ」より、「キリエ」「大栄光の頌」「聖なるかな」「神の子羊」でした。ボーイ・ソプラノの、統一され、澄んだ声と、大学生のテノール、バスが織りなす多様な音がチャペルの隅々までに響き渡り、教会音楽の深さと広さに、観客は圧倒されました。
  後半最後にビートルズの曲も飛び出し、アンコールの「赤とんぼ」でコンサートは無事、終わりました。
  26日(木)午前9時から、大聖堂西隣りのロイヤルホーストで隊員は朝食をとりました。よほど、この場所が気に入ったのか、なかなか出てきません。結局、リハーサルが10分遅れとなり、暑いなか、外で待たされた園児たちには申し訳ありませんでした。
  大聖堂のコンサートは、前の日と違って、宗教曲を少なくし、スタンダードジャズなども披露、”Make me a channel of your peace” (あなたのへいわの)を聖歌隊と園児が、英語と日本語で交互に歌い、最後は両方の言葉で合唱し、幕が閉じられました。
 コンサートを成功裡に終わらせるため、時には交渉が困難を極めた、約7か月にもわたる準備をしてくださった松蔭女子学院関係者と、神戸YMCA及び聖公会関係の幼稚園・保育園関係各位に深くお礼申し上げます。