オーガスチンのまなざし 神のおとずれ 2019.5月号より

オーガスチンのまなざし 神のおとずれ 2019.5月号より

『聖職按手式』
 3月21日(木)神戸聖ミカエル大聖堂において、デオヌシオ遠藤雅已執事の司祭按手、バルナバ永野拓也聖職候補生の執事按手を無事終えることが出来ました恵みを神様に感謝します。
 当日、説教に立たれた芳我秀一司祭は、イエス様の『憐れみ(マタイ9:36)』に言及されました。『その憐れみは、人間的な憐れみではなく、神様の憐れみであって、十字架の死につながる憐れみであること。そして聖職按手を本日受けられるお二人は、同じ憐れみを実践していかなければならないこと。しかし、それは大変恐ろしいことであるが、お二人は、既に復活されたイエス様を見ておられるから、それが可能になる』と力強く語られました。
 私は主教に按手されて初めての聖職按手でした。私の祈りと手を通して、新しい司祭、執事が誕生していきます。今、考えただけでも、その重大さに恐れおののくことしかありません。
 日本聖公会は、教役者の数が足りない、という悲痛な言葉を他教区から聞きます。勿論、神戸教区に充分な教役者の数が与えられている、とは言えませんが、それでも次々に教役者は起こされ、聖職按手式が行われていきます。
 
『聖職に召される人が増し加わるため』の祈り
 十年以上前のことです。当時聖職候補生養成委員をされていた伊神努司祭が『なぜ、これだけ神戸教区に若手の聖職がいると思うか』と私たちに問われて、その答えてして『聖職に召される人が増し加わるため』の祈りを一生懸命献げているからだ、と言われたことがありました。本当にそうだと思います。そして起こされてきた志願者を神様が私たちの神戸教区に与えて下さった者として、少々の弱さがあっても、大切に育てていこうという優しさが私たちの教区にはあると信じています。神学生として起こされ、按手され、この祈りの後は『聖職と信徒のため(祈祷書111頁)』の祈りがあります。皆さんの祈りによって支えてください。