日本聖公会 神戸教区ホームページです。このホームページにはキリスト教信仰に関わる情報が集約されています。

主教からのメッセージ

アンデレ便り1月号:兄弟の目にあるおが屑が気に入らない

2011年1月1日

 神戸教区関係の皆さま、明けましておめでとうございます。旧年中は皆さまのご支援、ご協力により、教区関連の様々な行事を無事終えることができました。昨年に実施した、聖ミカエル大聖堂耐震改修工事献金も関係各位のご協力により、順調に献げられており、深く感謝申し上げます。

力は弱さの中でこそ発揮される -からだの健康診断 そのⅣ-

 2011年は私の主教就任7年目で、丁度、折り返し地点に差し掛かりましたが、7月には教区宣教協議会が開催され、いよいよ、教区内各教会の健康診断を実施することになります。

兄弟の目にあるおが屑が気に入らない

 教区会開会で述べましたが、教会の健康診断実施には、相当な覚悟が求められます。教会の問題点を深く考えずに、毎日を大過なく過ごすほうが、よっぽど安全で幸せかと錯覚するからです。問題が露わになれば、教会の志気に影響することを危惧する方も多くおられると想像します。大変な努力と根気、熱意がなければ、教会の実態を教会に属する人たちが共有し、共通理解を得ることは困難です。しかも、この過程を経ずに、いくら宣教の目標を掲げても、それは机上の空論となることは明白です。従って、何もしない方がよい、ということになりかねません。
  それぞれの教会は多くの弱点をかかえており、それが教会活動停滞の主要因であると考えるのは、ある意味で当然かもしれません。ですから、どうしても、弱さのほうに目がいってしまい、その弱いところをえぐりだせば、健全なかたちに教会が再生することが可能であると思ってしまうのです。残念ながら、問題点の指摘と改善は、殆どの場合、責任のなすりあいとなり、教会員同士の、感情的な対立にまで発展する危険性をはらみます。
  ここで、見方を変える必要があります。教会に属する人たちに求められているのは、弱点の認識と共に、それを補って余りある長所の発見なのです。

見栄えをよくすること

 「体の中でほかよりも恰好が悪いと思われる部分を覆って、もっと恰好よくしようとし、見苦しい部分をもっと見栄えよくしようとします。見栄えのよい部分には、そうする必要はありません。神は、見劣りのする部分をいっそう引き立たせて、体を組み立てられました。それで、体に分裂が起こらず、各部分が互いに配慮し合っています。」
  (コリントの信徒への手紙1 12章21節以下)
  聖パウロは頭痛持ちでした。時々襲ってくる痛みを我慢することができず、神に3度、癒されるよう、お願いしました。ところが神さまの答えは「わたしの恵みはあなたに充分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ。(コリントの信徒への手紙2 12章9節)」というものでした。
  聖パウロにとって弱さとは、病気でしたが、その弱さと共生し「恰好が悪いと思われる部分を覆って、もっと恰好よくしようと」するため、教会の良い部分を十分に活かす必要があると聖パウロはいうのです。

ダライ・ラマ法主の慈愛と寛容

 11月15日の朝日新聞朝刊には、広島市が主催した「ノーベル平和賞サミット」に参加の、ダライ・ラマ法主を含む、6名の平和賞受賞者が、原爆死没者慰霊碑に献花している写真が掲載されておりました。正直いって、広島市の変節には、開いた口がふさがりません。

広島市と県の非協力的姿勢

  4年前の6月、岡山の教会巡錫の折、広島青年会議所の青年2名が広島からやってきました。用件は、ツツ大主教の招聘委員長を引き受けてくれないか、というものでした。
  11月に、宮島の真言宗御室派大本山、大聖院(だいしょういん)の開創1200年を記念して、弥勒菩薩の開眼法要を営むため、ダライ・ラマ14世を、広島の篤志家が招待しました。これを機会に、青年たちはノーベル平和賞受賞者に「広島国際平和会議」開催を呼びかけ、これに応えたのが、ツツ大主教とベティー・ウイリアムス氏だったのです。受賞者3名が集う会議は広島始まって以来のことで、会議実現には少なくとも1,500万円の費用が必要でした。ですから、青年たちは広島市と広島県のバックアップを期待したのは当然です。しかし、約1か月後、市と県は、会議に協力するわけにはいかない、という返事をよこしました。青年たちは失望し、士気が萎えてしまいました。非協力の背後には中国の圧力があったのです。中国政府は市と県に、会議に協力した場合、広島県が関係する企業への経済制裁を実施する、と脅し、県と市は腰が引けてしまったわけです。青年会議所の支援も期待薄です。しかし、招待状も出しており、会議を中止するわけにはいきません。絶対に何とかなると青年たちを励ましましたが、やはり、何とかなったのです。
  救いの手を差し伸べたのが中国新聞でした。大々的にキャンペーンを張り、これに呼応した人たちは、会議を成功させるために、募金を寄せてきたのです。

初めての超宗派の祈り

 会議開催にあたり、各界の人たちを招待して、レセプションを開きましたが、県と市の関係者は誰もおらず、元市長だけが出席するという寂しさでした。
  カトリック広島司教区三末司教と広島キリスト教連合会長月下牧師(日本キリスト教団)の協力により、宗教の枠を超えた「平和の祈り」が11月1日夕方、カトリック平和記念聖堂でもたれました。1,000名以上の人たちが聖堂につめかけましたが、開始30分前に、中国政府当局は電話で、ダライ・ラマ法主を聖堂に入れることはまかりならん、と脅してきました。やむなく、チベット総本山の僧たちによる「声明」をお願いしました。ツツ大主教の力強い平和メッセージに励まされ、ノートルダム清心高校生によるグレゴリアン・チャント、浄土真宗聖歌隊による仏教賛歌で平和を祈り、イスラム教徒の人たちは、聖堂外から祈りの輪に加わり、諸宗教あげての平和祈願の集会は成功裡に終わりました。
  会議閉幕にあたり、広島市に、会場から3名が行進して原爆死没者慰霊碑に献花したい旨の申し出をしましたが、広島市は、3名が公園内に入ることはまかりならない、という返事でした。

  「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる。(マタイ福音書4章4節)」とイエスは言われましたが、パン獲得だけに右往左往し、精神性は二の次であるとする姿勢に疑問符を投げ掛けたのが、2006年の「広島国際平和会議」でした。
 余談ですが、大聖院での弥勒菩薩の開眼法要には、横綱朝青龍も出席しました。チベット仏教とモンゴル仏教は、実は、密接な関係があることが後でわかりました。