日本聖公会 神戸教区ホームページです。このホームページにはキリスト教信仰に関わる情報が集約されています。

主教からのメッセージ

アンデレ便り1月号:時のしるし

2012年1月1日

写真付きのアンデレ便りは、こちらからご覧ください。

時のしるし

 神戸教区の皆様、明けましておめでとうございます。
  振り返りますと、昨年1月から2ヶ月は何事もなく、平穏な毎日を過ごしておりましたが、3月11日の東日本大震災発生を機に、社会や生活環境が一変しました。その後、紀伊半島の土砂災害やトルコの大地震、東南アジアの大洪水、最後はフィリピン、ミンダナオ島を襲った台風など、アジア各地に自然災害が起こり、多くの人たちがその犠牲となり、被害者は今なお困難な生活を余儀なくされております。このようななか、東日本大震災では教区関係者のご支援とご協力により、いち早く救援活動を実施することができ、それは京阪神3教区協働の小名浜聖テモテボランティアセンターに引き継がれております。

 

コヘレトの疑問

 災害などで困難な状況下に置かれている人たちを思うとき、旧約聖書のコヘレトという人の言葉が思い浮かびます。「生まれる時、死ぬ時、植える時、植えたものを抜く時、殺す時、癒す時、破壊する時」・・・・・・、コヘレトは、人生の中で起こる両極端の出来事の14を列挙し、人というのは、「定められた時」に喜びや苦難を日々、毎年、経験しながら生きているが、その「時」は誠に「空」であるといいます。空のヘブライ語は「ヘベル」だそうですが、これは蒸気、気息などを意味し、これが転じて、実体のない、儚い現象となるのです。
  すべてに定められた時があることを認識すれば、初めて、変化するあらゆることの移り変わりを包み込んだ上で、神の業は永遠に不変であり、付け加えることも、除くことも許されないのです。一方、人は、時を見極める必要があるが、それを見極めても、なお、その時のすべてを知ることはできない。永遠を思う心を神から与えられながら、神の業を知ることができないなら(3章11節)、それが一体何になるのか、とコヘレトは言い、「善人でありながら、悪人の業を受ける者があり、悪人でありながら、善人の業の報いを受ける者がある。(8章14節)」と、人間世界で起こる様々な矛盾を嘆き、神が人間に関心をもち、人と深い関わりをもとうとしているのかどうかをコヘレトは疑っているのです。

 

道は険しい

 クリスマスの物語のなかで重要な役割を担っているのが、ユダヤ人である羊飼いと外国人の占星術の学者です。羊飼いたちはベツレヘム郊外の野原で、天使から、イエス誕生の知らせを聞き、誕生の地に駆けつけました。恐らくその地までは、わずか数キロ足らずであったでありましょう。一方、夜空に輝く異常な星を救い主誕生のしるしと理解した占星術の学者たちは、今のイラク南部、クエートの地域からラクダに乗って砂漠を横断し、千キロ以上の道のりを経て、ユダヤの地までやってきました。羊飼いたちは、天使の知らせを聞き、ベツレヘム郊外の、洞窟の家畜小屋を一つひとつあたりながら、誕生の場所を探し当てたと想像します。一方、占星術の学者たちは、誕生の地をエルサレムだと確信しておりましたが、そうではありませんでした。しかし、ここで、引き返すことをせず、星の導きにより、とうとう目的地に辿り着いたのです。
  占星術の学者たちや羊飼いたちが歩んできた道、育ってきた環境、真理の探究の動機、生き方は様々です。私たちも同様です。羊飼いたちは根気強く、その場所を探索しました。その根気が失せたとき、羊のいる場所に引き返したかもしれません。占星術の学者は、旅の途中、猜疑心や己の欲望に負けそうになったり、人間や自然に起因する困難に遭遇したとき、途中であきらめかけたこともあったと想像されるのです。私たちも同様です。
  自分たちに与えられたしるしを最終的に確認するためには、羊飼いたちが「さあ、ベツレヘムに行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と決心し即座に行動したように、目的地到着までには、熱意、勇気、努力が求められるのです。どうして彼らは、挫折を免れたのでしょうか。それは「時のしるし」である、「神が共におられる・インマヌエル」場が、とうとう人間世界に実現したとの確信を抱いたからです。事実、幼子イエスに相まみえた時、インマヌエルが実現し、神の栄光が現れたのです。

 

神と共にある2012年に

 2012年、私たちは、「2人または3人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいる。(マタイ18:20)」ことをどのような時、どのような場で体験することができるでしょうか。東日本大震災に関係していえば、日立聖アンデレ教会や小名浜聖テモテ教会、日立の婦人会の人たちが神戸を訪れ、阪神地域の人たちと会食を共にしたマンダリン・パレス、あるいは、室根聖ナタナエル教会に宿泊し、ボランティア活動を行った神戸教区の中高生たちが、ある日、被災した港を訪問し、海岸近くで、頭を垂れて祈りを献げたときなど、神が共におられるインマヌエルが実現したのではないでしょうか。
  羊飼いや博士たちが幼子に会え、感動と喜びに包まれたように、私たちも、共に手をたづさえて、神が共にある場に向かって歩みを進め、私たちの「信仰が真理のうちに強められる(祈祷書179頁)」2012年であることをお祈り申し上げます。