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主教からのメッセージ

アンデレ便り10月号:フォス主教の来日

2012年10月1日

 松蔭女学校創設は、1876年イギリス国教会・聖公会の海外伝道機関S.P.G.(福音宣教協会)がフォス司祭とプランマー司祭を神戸に派遣し、神戸在住の英語圏の人たちを対象にして礼拝を守り、日本人にも伝道を開始したことが契機となりました。
  フォス主教は、ケンブリッジ大学クライストカレッジで学んだ後聖職を志し、副牧師としてチェスター教区聖ミカエル教会・聖オレイブ教会に勤務していた時、教会活動に熱心に奉仕していた妹のエミリーが1875年1月24日に逝去しました。同じ年の11月14日、聖ペテロ教会の礼拝に学校の生徒を引率してきたとき、突然、「インドに渡って現地の人たちと論争したり、未開の国に住む人たちに、文化的生活を送るためには何が必要かを教えようとは思わないが、日本は、開国し、日本古来の宗教から脱却し、多くの日本人が多かれ少なかれ、キリスト教の教えを聞く姿勢をもっているのではないか。この日本にこそ私の使命がある」との確信を抱きました。同時に、自分は独身で、兄弟も沢山いて、英国に滞在して仕事を続けるさしたる理由も見つからない、との思いが心に去来しました。自分の後輩で、同じ教会に勤務し、司祭試験中に一緒に過ごした、プランマー執事にこのことを話しますと、彼もこれに同意し、一緒について行くことを決心し、2人ともSPGの宣教師となりました。加えて、妹の死後、フォス司祭の身の回りの世話をしていた、叔母のミス・エミリー・ハッチンズも同行し、3人で神戸にやってきたのです。残念なことに、プランマー司祭は神戸上陸の後、しばらくして病のために神戸を離れざるをえない状況に陥ったのです。
  神戸上陸から16年後に、松蔭女学校が神戸の北野に産声を上げるわけですが、フォス司祭が神戸の地で宣教活動を行うなかで痛感させられたことの一つは、日本人女性に教育の機会が十分に与えられなかったことです。同時に、1884年東京に赴任した、第2代日本主教ビカステス主教の主導によって、1886(明治19)年に創立された香蘭女学校に触発されたことが想像されます。
  フォス司祭とビカステス主教は、同じ時期にケンブリッジ大学で学んだ間柄でしたが、ビカステス主教は、父親はエクセター教区主教であるという、由緒ある牧師の家系に生まれ、名門パブリックスクールである Highgate Schoolで学び、その後パンブロークカレッジを卒業、教員となった秀才でもありました。ビカステス主教は、英国在住の妹にセント・パウルス・ギルドという組織の立ち上げを命じ、英国の教会や友人・知人に学校創設の必要性をアピールし、資金を集めて香蘭女学校が創立されたわけです。
  フォス司祭の場合、ビカステス主教の助言もあってのことでしょうが、直接、SPGに 付属する婦人団体であるレデース・アソシエーションに訴え、主に、その団体からの資金援助を受けることによって、松蔭女学校が発足することができたのです。
  松蔭女学校創立から今日まで、松蔭で生まれた麦の種は、松蔭の礎、発展のために地に落ちて死んだために、多くの実を松蔭のために与えたということです。それが、今日の松蔭をもたらしたことを私たちは感謝しなければならないと思います。
   (松蔭女子学院創立120年記念礼拝説教抜粋)

二礼二拍手一礼ですよ

 2011年4月、日本基督教団のI先生とルーテル教団のT先生の策略により、分不相応の私が兵庫県キリスト教連盟の理事長に祭り上げられました。この年は、兵庫県宗教連盟がキリスト教の担当となり、自動的に私が宗教連盟理事長にも就任するはめになりました。昨年度は様々な行事が組まれ、色々な会合に出席し、挨拶をさせられましたが、今年度はさしたる行事もないということで、9月4日(火)から一泊二日で伊勢の神宮と天理教本部を訪問することになりました。
  4日(火)朝8時に、JR灘駅近くの、天理教本陽分教会からマイクロバスに乗車、湊川神社経由で、総勢12名で伊勢に向かって出発しました。長田神社宮司で兵庫教区長藤原正克先生と天理教兵庫教区長紺谷清春先生が私たちを案内してくだることになっております。
  午前11時半、予定時間ぴったりに、伊勢市内のそば屋に到着。昼食の後、まずは外宮を参拝することになりました。本当に暑い日で、汗をかきながら鳥居を抜け、5,6分歩いたでしょうか、外宮の中重(なかのえ)と内玉垣南御門の外側に到着しました。一般の人は外側で参拝をするのですが、私たちの到着は藤原宮司を通じて知らされておりました。係の人が、「では、代表者の方は記帳をお願いいたします。」と言われるのです。代表者とは私のことではありませんか。言われるまま記帳を済ませた後、門の入り口で、全員横一列に並び、神官からお祓いを受けました。「では、代表者の方を先頭にして、中に入ります。」神官の後を私が歩き、他の人たちがそれに続きます。
  内玉垣南御門の手前に来たとき、「皆様、横一列になってください。代表者の方が、門の下まで来て、参拝してください。他の人たちは代表者の方に従って、所作をお願いします。」
  私は生まれてこの方、神社に正式に参拝したことがないのです。これには困惑し、焦りました。私の側におられた神官に小さな声で、「どのように参拝したらいいのか教えて下さい。」と訊ねました。「まず礼を二度し、その後拍手して、最後は一礼で終わります。」 ますます汗が滴り落ちてきます。言われた通り、ぎこちなく、礼をして、二度手をたたき、礼をして何とか参拝を終えることができました。
  外宮を後にして、歩いているとき、大本教の方が私に、「拍手をするときには、まず、手を合わせてください。そうすれば、みんなも合わせられます。」との忠告をいただきました。
  今度は内宮です。同じ所作でしたつもりでしたが、どういう訳か、2拍手のところ、4拍手してしまい、私の拍手の音だけが空しく響き渡っておりました。
  今回の研修旅行は、他宗教を学ぶよい機会を私に提供してくれました。キリスト教各教派が協働する必要と共に、他宗教との対話が、混沌とした世界にあって、必要不可欠であることを痛感させられました。