日本聖公会 神戸教区ホームページです。このホームページにはキリスト教信仰に関わる情報が集約されています。

主教からのメッセージ

アンデレ便り2月号:小南晶一司祭とその時代

2013年2月1日

「中村君、チャプレンとして、明後日、立教高等学校に出向してください。期間は3年です。」
  1973年3月、聖公会神学院での学業を終えて数日後、ミカエル大聖堂前の神学寮でぶらぶらしていた私を、常置委員の小南司祭が近くの喫茶店に呼び出し、口頭での辞令が言い渡されました。「東京にいたときに言ってくれたら、旅費の節約にもなったのに。」と内心思いましたが、口に出して言えるわけがありません。「ついては、その胡散臭いひげを剃りなさい。チャプレンは生徒の相手だけではなく、保護者とも接する機会が頻繁にあるでしょう。そのひげでは保護者に不快感を間違いなく与えるでしょう。」
  人事については、とやかくいう立場ではありませんが、ひげに関しては個人的な問題です。剃れという命令は、常置委員の総意なのか、主教の意向なのか、あるいは小南司祭の私見なのでしょうか。このひげはいわくつきのもので、様々な思いが込められているのです。「申し訳ありませんが、ひげをそることだけは勘弁してください。」と断りました。ひげは40年間、鼻の下に鎮座しておりますが、近年、密度低下が著しく、白髪も多く交じりで、よれよれです。

聖公会自給問題

  その頃、小南司祭は教務院伝道局長の任にあり、日曜日には、牧師として岡山の教会で礼拝を司式し、次の日は東京に行き、金曜日か土曜日に岡山に帰ってくる二重生活です。
  1970年開催の大阪万博に象徴されるように、日本は経済成長路線を突っ走り、国民の生活が次第に豊かになりました。一方、日本聖公会は岐路に立たされておりました。戦後復興の進捗状況をつぶさに観察していたアメリカ聖公会から、日本聖公会は、資金援助を70年後半に打ち切るという通告を受けており、否応なしに、自給問題に直面せざるを得ない状態だったのです。日本の教会は戦前から’70年まで、土地や建物、人的資源のほとんどを海外教会に依存しており、「受けるだけの教会」という悪性スネカジリ腫瘍にかかっていたのです。

パートナーズ・イン・ミッション(PIM)

  小南司祭は、「これからの教会は、受けるばかりではなく、与える教会として体質改善を図らなければならない。」という、教会協働の必要性を訴え、対外的には、特に東アジアの聖公会との協働を確立するために単身、海外に出かけていって、道を開いたのです。
  神戸教区との関係では
1. 大韓聖公会テジョン教区との姉妹関係では、瀬山・村瀬・岡崎司祭を先発隊として派遣し、交流が開始されました。
2.フィリピン聖公会との関係では、神崎雄二執事を聖アンデレ神学校に送り、日本人最初の按手を挙行。アメリカ聖公会ハワイ教区との協働では、佐藤司祭をグアムに派遣。
3.他教派と協働により、パプア・ニューギニアワークキャンプを実施しました。第1回キャンプには、小南智子さん、石原正彦さん、私の弟、修が参加。上野良雄さん、神崎司祭が先発として現地入りし、体制を整えました。

 1942年、日本軍はパプア・ニューギニアを占領し、333名のキリスト者を殺害しました。戦後の1949年、謝罪のために八代斌助主教はこの地を訪れておりますが、このキャンプは、パプアの人たちとの交流を通して、互いの理解を深め、償いと平和を構築するのが第一の目的でありました。
  このようにして、’70年代に活躍された小南司祭初め多くの人たちが遺された宣教の業が、それ以後、正しく継承されているとは思えません。神戸教区の古くて新しい問題として、私たちの前に突きつけられていることを、再認識する必要があります。  (1月16日昇天教会にて)

【 ヨシュア小南晶一司祭 2013年1月6日(日)午前5時(日本時間)ニュージーランド、クイーンズタウンのフランクトン病院で逝去。享年87歳。現地での葬送式は、1月10日(木)、日本では、1月16日(水)午前10時より神戸昇天教会で行われ、式後、遺骨は神戸聖ミカエル大聖堂に納骨された。】

大斎に向けて

 いよいよ、2013年の大斎が2月13日から始まります。大斎は、古来から、からだに害を及ぼす生活習慣病防止と共に、心の生活習慣病をチェックし、その予防に努める絶好の機会として与えられております。
  怒り、嫉妬、陰口、ふさぎこみ、貪欲などは、最たる症状であり、これらは、人間関係を破壊に導く元凶となり、同時に、体も損なわれてしまいます。要するに、独善的な信仰が心を支配し、いつのまにか、自分が神の立場に立ち、「自分は立派で人を支える人、助ける人、能動的の人であり、人から支えられたり、助けられたりという受け身の部分を完全に忘れている(星野正興)。」ために起こる症状なのです。
  ナウエン神父は、「嘆きは踊りに変わる」という本のなかで、イエスを通して神の慈悲が他者に伝わらない原因について述べます。
  まずは、自己正当化です。人によく思われたい、受け入れられたいという欲からくる葛藤は、他人から褒められ、それに自分が満足したいという衝動の表れなのです。2番目は、他人を表面だけで愛そうとする姿勢です。この種の行動の動機は、名誉や負い目だったりします。最後は競争心。ごく些細なことでも、自分がどう思われているかを気にしてしまうのです。物事を達成したいという欲求を、慈善的な働きに潜り込ませ、他人との違いを気にしたり、人の弱さに立ち入ったり、私は人の痛みを負ってあげることができるという感情を捨てきれないのです。
  これは人ごとではありません。高血圧の私にも大いに問題がありそうです。昨年末、歯が割れた私を治療している歯科医師は、歯並びを見て、奥歯がぼろぼろに欠けているのは歯ぎしりが原因であり、マウスピースが必要だというのです。「40代まで、ビールの栓を奥歯で開けていたのが原因であり、医者の方が間違っている。」 教区事務所の岡崎司祭と大東主事に同意を求めますと、口をそろえて、「物事がままならず、地団駄踏んで毎晩、歯ぎしりしているのでしょう。」という答が返っきました。