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主教からのメッセージ

アンデレ便り9月号:あおぎりの木の下で

2013年9月1日

 「あおぎりに託して」と題する映画が封切られました。これは3年前に天に召されたキリスト者、沼田鈴子さんの生涯を題材にしたものです。
  1945年8月6日、広島逓信局(今の郵政局)に勤務していた当時21歳の沼田さんは、仕事に備えて掃除をしていたとき、原爆の閃光を浴びて気を失いました。気がついたときは、左足首が瓦礫にはさまれていました。治療が充分に受けられなかったためもあり、10日の朝、ほとんど麻酔もできずに、腿から下を切断しました。1年前に婚約しましたが、徴兵された婚約者が、8月8日から3日間の予定で戦場から軍用で広島に帰って来るのを機会に、結婚式を予定していた矢先の悲劇でした。1947年3月にやっと退院することができましたが、婚約者は原爆投下1か月前の7月に戦死をしていたことを知らされ、沼田さんは絶望の余り、死を考えるようになったのです。
  そのような時、逓信局の中庭で青桐の木に出会いました。その木は、原爆の熱線に焼かれて、片側の幹がごっそり焼け落ちていましたが、反対側の幹からは芽が吹いたのです。
  その青桐は、1973年、郵政局解体を機に、平和公園に移植されました。その後、教員となった沼田さんは59歳で退職しましたが、原爆の語り部となり、87歳で亡くなるまでの約30年間、青桐の側に立ち、修学旅行で広島にやってきた約10万人の生徒たちに、被爆体験を語り続けました。

 なぜ、大国は原爆を保有しようとするのでしょうか。モートン神父は次のように述べます。「すべての戦争の根源は恐怖心である。人が互いにもっている恐怖心というよりは、あらゆるものに対する恐怖心である。単に互いに信頼していない。自分自身をも信頼していないのである。いつ急に向きを変えて自分自分を殺すかもしれない。つまり、何者も信頼できないのである。何故なら、神を信じることをやめてしまったからである。」
  争いのもととなる人間の傲慢、偏見、差別、ねたみ、憎しみなどによって起こされるのが戦争ですが、それによって悲惨な状態に陥っても、そこから再び生きる勇気と希望が与えられたのが沼田鈴子さんでした。

 復活日の夕方、「弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分のいる家の戸に鍵をかけていました。そこへイエスが真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と言われ(ヨハネ20:19)」、弟子たちをこの世に遣わされました。今からカトリック平和大聖堂まで行進しますが、キリストが望む平和の使者として私たちを用いてくだるよう神に願いながら、共に歩きましょう。

 (2013年8月5日広島平和行進メッセージ)

 哀しさをのり越えて

 神戸教区中高生大会50周年最終日、8月15日(木)の朝を迎えました。
  私たちは今朝、聖マリアをお祝いするために聖餐式を献げておりますが、この日はイタリア、フランスなど、カトリック教会の歴史と伝統を受け継ぐ国は祝日です。そして、ヨーロッパやアメリカからやってきた巡礼者は、トルコのエフェソという、今は廃墟となっている町の外れの小高い山を目指して歩きます。本日は、68年前の無謀な戦争によって多くの命が失われ、日本が降伏した日でもあります。2つの出来事に共通することは何でしょうか。息子イエスの十字架の苦しみと死を遠くからじっと見つめ、哀しみのどん底にあったのが聖マリアでした。太平洋戦争・大東亜戦争では、何百万という人が死に、それによって、アメリカなどの連合国、日本、そして東アジアの国々の、数えることができないほどの母親たちは、兵士として出征した息子の死の報に接し、哀しみにくれました。

 母マリヤは、イエスの十字架を目の当たりにして、息子がどのような罪によって十字架に死ななければならなかったのか、皆目見当がつかなかったと思います。同時に、息子の死後、一体誰がマリヤの面倒を見るかの問題に直面しておりました。このことを察知したイエスは、十字架上で、母に向かって「婦人よごらんなさい。あなたの子です」。ヨハネには「これはあなたの母です。」と言われました。イエスの死後、ヨハネはマリアを連れてエフェソに住みました。マリアは、先ほどの山の頂上にある家で晩年を過ごし、ヨハネもエフェソ市内で生涯を終え、アヤスルクの丘に埋葬されました。4世紀、聖ヨハネの墓の上に礼拝堂が建てられ、その隣りに「聖マリア教会」も建立されました。

 昨年の中高生大会で、私は、「幸福感にひたりたい人は、ハワイのワイキキに行きなさい。浜辺の通りに歩いている人たちのほとんどは、ニコニコ顔なのです。」と説教で言いましたが、皆さん覚えているでしょうか。エルビス・プレスリーの「ブルーハワイ」という歌があります。ここで表現されている「ブルー」というのは、海がブルーというだけではありません。実は空もブルーなのです。オアフ島の北部や東部の海岸に行きますと、紺碧の空を眺めつつ、紺碧の海で泳ぐことができます。
  今から41年前、エフェソを独りで訪れた後、道路沿いの、エーゲ海に面した海岸に降りて、誰もいないところで泳ぎました。そこは、やはり、紺碧の海と空が拡がっていました。
  小説「沈黙」の舞台となった長崎外海町に遠藤周作文学館があり、道路を隔てたところにある「沈黙の碑」には、次のことばが書かれております。
  「人間がこんなに哀しいのに、主よ、海が余りに碧いのです」
  16世紀、日本に初めてキリスト教が伝えられましたが、やがて、人間による人間の抹殺が開始され、多くのキリシタンは信仰の故に殉教しました。一方、同じ神によって創られた「碧い海、碧い空」は、私たちに、自然の偉大さ、すばらしさという感動を与えます。
  聖ヨハネと神の母マリアは、十字架の哀しさを乗り越え、血肉を超えた新しい人間関係を実現しました。中高生大会で芽生えた人間の絆は、皆さんの将来にとって、すばらしくて大切な宝となるはずです。

  (聖マリアの日聖餐式説教抜粋)