日本聖公会 神戸教区ホームページです。このホームページにはキリスト教信仰に関わる情報が集約されています。

主教からのメッセージ

アンデレ便り5月号:見よ、わたしが万物を新しくする

2014年5月1日

  
 教区の皆様、イースターおめでとうございます。教勢の低下傾向に反比例して、自分の主張や考えを他人に売り込むことにだけ熱心な人が増加するなか「 神はこのイエスを復活させられたのです。わたしたちは皆、そのことの証人です。(使徒言行録2:32)」 とペテロが説教しましたように、キリスト者は、復活の証人として、堂々と、人びとの前で福音を証しすることが、教会活性化に密接につながってくることを再確認したいものです。
  今月は、去る3月11日、福島聖ステパノ教会で行われた東日本大震災3周年礼拝での説教の抜粋を皆様に披露させていただきます。

見よ、わたしが万物を新しくする

 3月3日(月)午後8時から放映の「つるべの家族に乾杯」で、1年前に久ノ浜で出会った、懐かしい人たちを見ることができました。

元気出していこうね

 昨年6月、小名浜聖テモテボランティアセンター閉所式前日、木村司祭の案内で放射能汚染地域が解除された富岡町を訪れました。富岡駅前からあたりを見渡しますと、その光景は3年前の震災直後と同じものでした。住民は家や土地を放棄し、かつて賑わいを見せた通りに人影は皆無で、津波によって破壊された駅や家屋が無残な姿を晒しておりました。
  昼食後、立ち入り禁止区域直前まで行き、遙か彼方に、福島第一原発の煙突を望み、小名浜に帰る途中、私たちは、久之浜第一小学校敷地内の仮設市場・浜風商店街に立ち寄りました。
  それぞれの店舗は誠に小さいのですが、電気店、理髪店、ラーメン店、鮮魚店、酒屋などが軒を連ね、商店街の一角にある、震災を記録した写真のコーナーでは、中年女性が明るい笑顔で、震災当時の状況を説明してくださいました。そこで、復興活動へのささやかな貢献の意味もあって、植木鉢と土と種のセットを50個注文しました。種から花を咲かすことができたら、その写真を今年の震災記念日に、このコーナーで展示することになっております。その時にお会いした女性が「忘れないでね、元気だして前に行こうね」とテレビカメラに向かって語りかけていたのです。
  大震災によって多くの人たちが痛手を受けましたが、原発関係者の心の傷も忘れてはなりません。東京電力の職員の多くは地元出身で、被災者なのです。原発事故で、「すみません、すみません」といくら謝っても、被災者から罵声を浴びせられ、それに耐えていかなければならないのです。救援活動を行っている警察官や自衛隊員は、それがいかに過酷な作業であっても、現場の人たちから「ありがとう」という声を聞けば、それが大きな励みとなりますが、東電職員に「元気だして前に行こうね」と誰が声をかけてくれるのでし ょうか。

科学の進歩は人を幸せにする?

 近代の科学は、人間の知恵と能力を結集すれば、自然をも支配できるという暗黙の了解のうえに成り立っており、事実、科学技術の発展は、私たちに快適な生活を実現しました。ところが、大地震・大津波という自然の強大な力は、人間が造りあげた安心・安全神話を粉々に打ち砕いたのです。その結果、大震災直後は、原子力によらない発電の必要性が叫ばれましたが、時の経過と共にこれが次第にトーンダウンし、現在では、原子力発電なくしては、日本の経済や生活が成り立たないという主張が現実性を帯びています。
  「生活と生命の乖離(ノーマ・フィールド氏の表現)」は、完全失業者260万人、非正規雇用者1900万人の厳しい状況と密接に関係します。殆どが輸入に依存せざるを得ない化石燃料は高くつくが、原子力発電所の再稼働によって安い電気料金が維持されると説得されれば、水道光熱費を最大限節約している人たちには朗報のように聞こえ、再稼動に賛成する側につくのです。再稼働により、誰かが大きな利益を得ることになり、その利益を何らかのかたちで社会に還元するつもりは毛頭ない経営者たちの姿勢によって、生活苦にあえいでいる人たちが真っ先に犠牲になるという図式、これが「生活と生命の乖離」なのです。
 【付記ー労働力不足解消のために規制緩和を実施し、年間20万の外国人を受け容れようとするのは、安い賃金で労働力を確保し、国内の賃金上昇を押さえ込もうとする経営者側の意図が見え見えなのです。】

死と再生

 私たちは東日本大震災で犠牲となった約3万人の人たちの死を、どのようにとらえるのでしょうか。
  戦後は、国家主義的な色彩が濃い歌ということで現在では、殆ど歌われなくなった「海行かば」という、大伴家持作の軍歌があります。
  「海行かば 水漬く屍 山行かば 草生す屍 大君の辺にこそ死なめ 顧みはせじ」
    山折哲雄氏は次のようにその意味を解説しております。「屍のイメージは、無数のご遺体が山や海に投げ出されている。当時の時代、死者の遺体から魂が抜け出て、それが山に鎮まったり、海に鎮まったりした。このように古代人はイメージできた。」
  キリスト教の理解では、神が創造された新しい天と地に、人は神と共に住み、人は神の民となります(ヨハネ黙示録21:3)。その神は亡くなられた方々の涙をことごとくぬぐい去ってくださいます。そこには死はなく、もはや悲しみも嘆きも存在しません。
  イエスが十字架上で悲惨な死を遂げ、失意のどん底に落とされた弟子たち数名はガリラヤに行き、生活の糧を得るため、漁師であったペテロが先頭に立って、夜、仲間と共に漁に出かけます。しかし、魚は1匹も捕れずに失意落胆するなかで夜明けを迎え、岸に戻ろうとしました。ところが、岸辺では復活のイエスがたき火を起こし、焼いた魚とパンを用意して弟子たちを待っていたのです。いつからこの場所に待機していたのでしょうか。日没後づっとそこにおられたに違いありません。
  「さあ、来て、朝の食事をしないさい」とイエスは弟子たちを招き、食事を共にすることによって、懐かしい主と共にある喜びと平和が弟子たちの心に満ちあふれたのでした。
  たとえ、福島の被災者たちが、放射能に汚染された場所に帰ることが不可能であっても、新天地での共同体建設のため、教会は微力ながらも貢献することが、震災によって亡くなられた方々に報いることにつながるのです。