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主教からのメッセージ

オーガスチンのまなざし 神のおとずれ 2019.4月号より

2019年4月1日

オーガスチンのまなざし 神のおとずれ 2019.4月号より

『カンダベリー大聖堂 新任主教研修』
 2月1日(金)-11日(月)まで、英国南東部カンタベリ-で行われた研修会に参加してきました。世界17か国から29名の新任主教(一名被選主教)たちが集まりました。昨年6月にフィリピンの主教按手式に参列しましたが、その時お会いした二人の主教さんたちも参加していました。

宿泊・食事は、大聖堂の境内にあるロッジが充てられていました。研修は、ロッジの横にある研修センターです。日々の礼拝は大聖堂の礼拝に出席する形で行われました。

九人の講師から14セッションのお話を聞きました。

講師は、リーダーシップの専門家や大聖堂の聖歌隊の指揮者(プリセンター)、アングリカンコミュニオンの一致や、信仰と職制、神学教育の各担当者、カンタベリー教区のドーバー地区主教やボツワナの退職主教様達でした。

なかなか英語が難しかったのですが、何を学んだかといいますと、主教の役割ということです。その中心は教えることです。教役者に教役者としての姿勢を教えなければなりません。それは一度教えればそれでいいというものではなく、継続的に教え続けなければならないことです。そのために、様々な研修も必要でしょう。

また信徒の皆さんへのイエス様の弟子としての養成が大切なこととして教えられていました。復活されたイエス様は、「すべての民をわたしの弟子にしなさい(マタイ28:19)」と命じられていますが、イエス様の弟子として、信徒は、何を神様から期待されているか、を主教は十分に教えなければならないということです。

各教会では、聖書の学びや大斎節、降臨節の講話、黙想会が行われています。それらのテーマは、大斎節の過ごし方とか信仰生活の充実のようなものではないでしょうか。それらのことも大切ですが、イエス様の弟子として、私はどう生きなければならないか、という根本的な姿勢の学びか足りないのではないか、という気づきです。

日本に帰ってから、2016年4月に行われた第16回全聖公会中央協議会の決議文(管区事務所ホームページに掲載)を確認しましたが、その決議の第一は「弟子養成」です。そこには、弟子養成の学びが、「イエス・キリストの新たな弟子を得るために、全教会にとって有効に働くことを認識している」と述べられています。

信徒として、イエス様の弟子として、何を期待されているのか。このことをこれからの課題としてしっかり示された研修会でした。主に感謝。