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主教からのメッセージ

アンデレ便り:2月号 見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、何という喜び

2017年2月2日

見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、何という喜び

民主主義を標榜する国においては、国民は様々な義務が課せられますが、自由と権利が保障され、そこには制限が設けられることはめったにありません。しかし、それは自国民だけであり、国益が損なわれる可能性がある移住者に対して、様々な制限を設けるのは当然の政策であると、統治者は主張します。

 平和貢献のカギ
 昨年1月、約1800億円を投じてメキシコに小型車工場を建築する計画を発表したフォードはトランプ氏の反対にあい、今年1月に建設計画を白紙に戻しました。製造業に従事するアメリカ人労働者雇用確保戦略の一環だとトランプ氏が主張した結果です。
 不法入国者を食い止めるためにメキシコとの間に壁を設ける決断をしたトランプ大統領ですが、経済に疎い私でも理解できる通り、メキシコに求められていることは、様々なかたちで雇用機会を創出することであり、トヨタやフォードの工場建設はその一助となることは間違いありません。同時に、グローバル化や技術の進歩で、アメリカの中間層雇用を確保するのが極めて困難であることに変わりはなく、優良企業は益々豊かになり、トランプ氏を支持した白人労働者は相変わらす厳しい経済状態に置かれてしまうことが予測されるのです。
 9年前の2008年、全世界の聖公会主教が集まるランベス会議に私は出席しましたが、期間中、国連が提唱する「ミレニアムゴール」を支援するため、ロンドンのホワイトホールから国会議事堂を通り、カンタベリー大主教が事務を執るランベスパレスまでキャソックで行進しました。
 2015年までに達成すべき「ミレニアムゴール」とは、極端な貧困の下で生活している人々の割合を半分に削減すること。すべての国において初等教育を普及させること。乳児と5歳未満の幼児の死亡率を3分の1に削減することなどです。2015年時点で、一日1.25ドル(142円)未満で暮らす人々の割合は世界全体で36%から12%、開発途上地域では47%から14%に減少しました。開発途上地域における栄養不良人口の割合はほぼ半減で、1990-92年、23.3%であった数字が、2014-16年では、12.9% までになりました。しかし、今なお約8億人が栄養不良状態に陥っております。
 地球規模で経済を考えますとき、富める人や企業が貧しい人たちのためにその富のいくらかでも分配しない限り、過激主義者の台頭を防ぐことができません。民主主義などの普遍的価値や国際秩序を保持することが、世界の平和貢献につながってくるのです。

 奉仕職誕生
 自然災害や経済変動、戦争・紛争などが原因で、多くの人たちが自国を逃れ異国の地に
向かっております。その人たちをキリスト者や教会はどのように信仰的に捉え、受け入れるか、これが私たちの大きな課題です。様々な文化的背景を持つ人たちの交わりを維持している教

会の歴史において最初に起こった事件は、寡婦への分配問題でした。
 2000年前、エルサレムの教会は使徒たちが主導する宣教活動により、多くのユダヤ人がキリスト教に回心し、教会が著しく成長しました。このようななか、福祉活動の一環として、経済的に困難な状態に置かれている寡婦へ食糧を配給しておりました。ところが、ギリシャ語しか話せないヘレニストユダヤ人より、へブル語(アラム語)を話すユダヤ人の配給量が多いとの苦情が教会に寄せられたのです。困窮下にある者に対する配慮に、言語や文化、出自の違いで差異があっていいのだろうかという問題定義であり、これらを黙認しているように見受けられる、教会の霊的指導者として立っている使徒たちの姿勢を問題視したのです。
 教会の人たちと相談した使徒たちは、「あなたがたの中から、“霊”と知恵に満ちた評判の良い人を7人選びなさい。彼らにその仕事を任せよう。わたしたちは、祈りと御言葉の奉仕に専念(2-4節)」するということで、信徒7人が選出され、使徒たちが祈って手を置くことによって、「悩む人、悲しむ人、病気の人、貧しい人、その他災いのうちにある人びとに仕える(日本聖公会祈祷書473頁)」ため、新たな奉仕者であるディーコン(執事・助祭)あるいは長老という職務が生まれました。
 その後、小アジア、ヨーロッパ各地に教会は建てられ、ユダヤ人だけではなく、ギリシャ人、ローマ人など、多くの外国人が入信しました。この様にして、文化や人種の違いを受容しながら教会が発展しましたが、それぞれの教会は画一的ではなく、生活環境、言語や習慣などが異なる国や地域の特殊性を尊重しながら一致を保ったのです。

 地域社会に根ざす教会
 国立社会保障・人口問題研究所のデータによりますと、現在の人口は1億2686万人ですが、このまま推移しますと、2110年には4286万人になり、何と8400万人も人口が減少します。そこで現政権は、「50年後に人口1億人程度」という目標を掲げ、様々な政策を打ちだしております。2015年の出生率は1.45ですがこれを2.07に上げ、毎年20万人の移民を受け容れないと目標を達成できないのです。
 英国やアメリカの都市部教会の礼拝に出席しますと、様々な肌の色をした人たちが会衆席に座っているのは当然のこととして受けとめられております。一方、日本の教会はどうでしょうか。ほとんどの教会では、礼拝参加者は日本人だけです。このような現状からして、移住者が日本においてどのような状態に置かれているかの実態を把握することが極めて困難なのです。この人たちの存在を教会が察知し、救いの手を差し伸べるためには、教会自身が様々な角度から社会の動向に目を向ける必要があります。ヘレニストユダヤ人が教会に加わり、この人たちへの配慮の必要性に関して、使徒たちは最後の晩餐後、イエスの遺言ともいうべき言葉を想起したのです。「異邦人の間では、王が民を支配し、民の上に権力を振るう者が守護者と呼ばれている。しかし、あなたがたはそれではいけない。あなたがたの中でいちばん偉い人は、いちばん若い者のようになり、上に立つ人は、仕える者のようになりなさい。食事の席に着く人と給仕する者とは、どちらが偉いか。食事の席に着く人ではないか。しかし、わたしはあなたがたの中で、いわば給仕する者である。」(ルカ22:26)
 このようにして、教会は苦しみ、悩みのなかにある人たちの必要に応える体制づくりへと駆り立てられ、愛の絆で結ばれた社会を形成するために、積極的に参与することになったのです。より多くの信徒を獲得することや、信徒のためにだけ配慮する内向的な教会から地域社会の一員として存在する教会への脱皮が今、求められております。                                  (外キ協全国協議会開会礼拝説教抜粋)